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個人情報“過保護”法
開示情報まで隠蔽では「問題法」だ
2005(平成17)年10月12日付掲載
 匿名社会の不気味な影が、 じわじわと私たちの日常生活に広がり始めている―と書けば、 少々大げさだろうか。 しかし、 そうとも言えない事象が最近、 身近なところで次々に起こっている。

 アパートが点在する綾部の新興住宅地を思い浮かべてもらいたい。 若い世帯も多く、 転入や転出などの異動が比較的頻繁にある。 そのアパートに何世帯、 何人が住んでいるのか。 2年前まで自治会は、 こうした出入りの動きを市が提供する 「自治会別異動者リスト」 で確認できた。

 長く続いていたこのやり方が変更を余儀なくされた。 平成15年8月のこと。 「住基ネットワーク」 の本格稼動に合わせて 「市個人情報保護条例」 が施行され、 市が行ってきた情報提供を取り巻く事情が変わったのだ。

 同条例には、 個人情報の利用や提供の制限を定めた第9条がある。 「実施機関 (市長、 消防長などを指す) は、 個人情報を収集目的以外の目的のために利用し、 又は実施機関以外のものに提供してはならない」 というもの。 ただ、 これには例外規定があり、 その1つが 「本人の同意があるとき又は本人に提供するとき」。

 同条例施行の翌月からは、 市市民生活課の窓口で転入者や転居者の同意があったものについて、氏名、住所、世帯員数を各自治会別に整理し、 毎月の文書配布日に、 各自治会に資料を送るやり方に変わった。

 リストへの搭載に同意しなければ、 自ら進んで自治会へ入会しない限り、 その世帯の情報は一切自治会には伝わらないことになった。 行政は、 資料の配布や各種の調査、 税金の集金などの業務を自治会に委託しており、 当然のことながら「匿名住人」 の存在はその点でも障害になる。

 異動が頻繁なアパートなどでは、 表札を出さない、 近所付き合いも進んでしないという世帯が多くなっている。 こうした地域社会の 「都会化」 は新興地区を中心に綾部でもますます進む傾向にあり、 顔の見えない 「匿名住民」 への対応が、 自治会運営の新たな課題になっている。

 ここ数年、 あっという間に全国に広がった 「振り込め詐欺」 を始め、 クレジットカードの偽造など、 個人情報を悪用する犯罪が後を絶たない。 個人情報の大量流出も相次いでおり、 より慎重な情報の取り扱いが求められていることは、 論を待たない。 だが、 個人情報を守るために作られた法律によって、 地域コミュニティーの健全な運営が妨げられているとすれば、 重大な問題だ。

 綾部の高齢化率(65歳以上の人口比)はほぼ3割に達しており、 今まで以上に住民同士が支え合う地域づくりが求められている。 その前提になるのが、 地域住民による住民情報の共有だ。 匿名の住民ばかりの地域が、 どうやってお互いを支え合えるのか。 市によれば、 自治会への情報提供に同意しない転入、 転居者は、 比較的短期で転出することが分かっている世帯が主で、 数としてはそれほど多くはないというが、 今後の社会の変化のことを考えると、 増えることはあっても、 減ることはないと思われる。

 市の個人情報保護条例に規定により原則非公開としている個人情報の提供がどうしても必要なケースは、 自治会活動のほかにもある。 その一つが、 高齢者や障害者の福祉のために、 関係機関や団体が対象となる人の名簿を必要とする場合だ。

 国の法律の趣旨に反する条例の改正や運用はできないのはもちろんだが、 市の個人情報保護条例の9条には 「審査会の意見を聴いた上で、 公益上必要があり、 本人又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがないと認められるとき」 という例外規定もある。 これをなんとか工夫できないものか。

 個人情報保護法が今年4月に完全施行されたが、 この数年、 官公庁、 民間企業、 個人を問わず、 新法に振り回されてきた感がある。 学校の卒業アルバムから住所録が消えた。 名簿が作れなくなり、 小学校の保護者間の連絡網ができなくなった―などなど、 新法関連のエピソードは枚挙に暇(いとま)がない。

 JR福知山線の脱線事故では、 発生当初、 身内の安否を気遣う家族らに対し、 病院側が個人情報保護を盾に、 患者についての情報提供を拒んだ例が報道された。長野県では、 幹部の再就職先に関する情報を、 本人の同意なしには公表しないことにした。 青森県教委は、 教職員の飲酒運転を防ぐため、 懲戒免職にした教職員の実名を公表していたのを匿名にした。 いずれも新法の施行に関係した動きだが、 果たしてそれが保護に値する個人情報か、 と問われれば疑問符がつく。 個人情報保護法の名で、 行政そのものが匿名体質に陥ったり、 市民が行政を監視するため本来開示されるべき情報まで隠されたのでは、 「問題法」 と断ぜざるを得ない。

 市民の情報を、 政府や自治体は大量に事細かに握っている。 その中には、 個人の秘密として保護されるべきものと、 公益のために公開されるべきものとがある。 今徐々に社会を侵している 「匿名」 という病の蔓延(まんえん)で危惧(きぐ)するのは、 行政側に情報を恣意的(しいてき)にコントロールされてしまうことだ。 「個人情報保護のため」 の一言で、 すべてを片付けられてはたまらない。

  「寄らしむべし、 知らしむべからず」 はかつての日本型政治の伝統だった。 それが何をもたらしたかは、 今更言うまでもない。 市民の自由な批判と監視が可能なガラス張りの行政と、 個人情報の保護をどう両立させるか。 住民同士が支え合う地域社会の再生という課題と一緒に、 もう一度広範な議論を待ちたい。