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あやべ西国観音霊場巡り (1)
正暦寺、隆興寺

第一番 正暦寺(寺町)

庭園は府指定の名勝


 正暦二年(九九一)、水不足の害が各地に生じ雨乞(ご)い祈願をしたところ、たちどころに雨が降り庶民に恵みをもたらした。この功績を賞して、時の一条天皇が年号を寺号として賜与し、この寺の名がつけられた。

 この寺には、重要指定文化財の涅槃(ねはん)図や九鬼家のお姫様が輿(こし)入れした際に乗ってきた駕籠(かご)、雪舟の一七代の末えいの画家が画いたふすま絵など、歴史を物語るものや貴重な品々が多くある。

 また、平重盛(清盛の長男)がここの地形を紀州の熊野によく似ていると大変好み、山号を那智山とした。現在でも熊野神社や本宮、新宮などの地名が残っている。

 平成三年、玉川正信住職が「ここの庭も古いものだから、もしかして」と市内の造園師、塩見篤史さんに見てもらって発掘されたのが正暦寺庭園で、府指定の名勝。

 江戸中期に作られた枯山水の庭で、藤山を借景に雄滝、雌滝、鶴島、亀島、出島、岩島や仙人洞窟などが地元の石で造られている。

 二百年ほど昔に建てられたという山門の下に立つ。当時とほとんど変わっていないだろう、なだらかな稜線やゆったりとした由良川の流れ。だが、そこにかかる新綾部大橋や川沿いに並ぶ家々は、まさしく現代のもの。

 両者が見事にマッチして山紫水明の地に見えるのは今の人間の勝手だろうか。



第二番 隆興寺(神宮寺町)

”一休さん”に心和む


 江戸時代に綾部藩の領主だった九鬼家の菩提寺として開創され、九鬼家代々の墓所でもある。境内には、伏見稲荷神社から特別に遷宮を許され、この寺の守護神として祀(まつ)られた格式のある稲荷神社もあり往時の綾部藩を偲(しの)ばせている。

 当寺の本尊は、この霊場唯一の馬頭観音で畜生道の苦しみを救おうという深い慈悲の思いを宿しているとか。

 毎年七月の最終日曜日には、人形やペットの供養が行われる。いかつい風体の男性が亡くなったペットを抱きかかえてやってくる。読経が始まり、声をかけるのもためらわれるほどに辺りかまわず悲しむのを見ると、「人はだれでもこんなにも優しい気持ちを持っている。これが人間の本当の姿なんだとうれしくもあり安心する」と姫坂隆義住職。

 参道を進むと、まず目に止まるのが一休さんの石像。肩にネズミを乗せ、木魚にもたれて居眠りをしている。そのユーモラスで愛くるしい姿に「お寺に来た」という緊張がフッと緩む。

 これこそが住職がここに一休さんを置いた一番の狙いだそうで、お寺だからといっても決して怖い所でも、暗い顔をしていなければならない所でもないとのこと。笑いながら和やかな気持ちで訪ねればいいんだそうで、お寺に対する身構えた気持ちが少し和らいだ。

1999年(平成11年)8月11日付 掲載